ちいさな哲学のおはなし

清水将吾のブログ

「これ」は「これ」 《中》

《つづき》

 

「これ」という返事に対して、「どういう意味ですか?」と聞いたら、「これ」と答えられてしまった。

これまた、どういう意味だろう。

もう一度、「どういう意味ですか?」と聞いても、また「これ」という返事だろうか。

 

ん?待てよ。

「これ」について、「どういう意味ですか?」と聞いたら、「これ」っていう答えだったんだよな。

だとすると、「これ」の意味は「これ」、ということだろうか。

「これ」の意味は「これ」…

「これ」の意味は「これ」…

 

なるほど、そうか。

「これ」っていう言葉は、チョコレートや花びんのような、身のまわりにあるものをさすことができる。

でも、それだけじゃなくて、「これ」っていう言葉は、「これ」っていう言葉じしんをさすこともできるのかもしれない。

 

「これ」のことをさす「これ」、か…

ぼくは今日、「これ」って言わないことにしているから、絵にかくとすると、こんなかんじになるかな。

ぼくはそばにあった紙とえんぴつで、こんな絵をかいた。

 

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この絵では、向こうがわで「これ」とさしている指を、手前がわの指が「これ」とさしている。

「『これ』をさす『これ』」が、指だけを使って、できあがり。

こうすれば、「これ」という言葉を口に出さなくても、「『これ』をさす『これ』」ができるわけだ。

 

…あれ、でも、おかしいな。

向こうがわの人さし指は、何もさしていないぞ。

 

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何もさしていない人さし指があって、その指をもうひとつの人さし指がさしている。

 

でも、コンピューターの画面にある「これ」という言葉は、はじめからちゃんと「これ」という言葉じしんをさしていた。

さっき、画面がとつぜん真っ暗になって、「これ」という言葉が一つだけが出てきた。

それだけで、「何もさしていない『これ』」なんかがなくても、「これ」という言葉は、その言葉じしんのことをさしていた。

 

うーん、そうするとこの絵では、コンピューターが言っている「これ」を、じゅうぶんあらわせていないということか。

もしそうだとすると、人さし指だけでは、「これ」という言葉のかわりはできないということだろうか。

 

やっぱりこれは、コンピューターからぼくへの挑戦のようだ。

 

 

《つづく》

「これ」は「これ」 《前》

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ある日、ぼくはいつものように、スーパーマーケットで買い物をしていた。

おかし売り場へ行くと、小さな男の子がお母さんに、

「これほしい」

と言っていた。

お母さんは、「これってどれ?」と言った。

男の子は何も言わずに、赤い箱のチョコレートを、人さし指でさした。

 

これを見て、ぼくは思った。

「ふむふむ。あたりまえのようだけど、人さし指でさすと、『これ』っていう意味になるんだな。そうだ、もしそうだとしたら、『これって言ったら負けゲーム』っていうのができるな。」

 

ぼくが考えた「これって言ったら負けゲーム」のルールは、とてもかんたんだ。

このゲームをやっているあいだは、「これ」と言ってはいけない。ついうっかり言ってしまったら、その人の負けだ。でも、こまることはない。人さし指を使えばいいからだ。

博物館で花びんのまえに立って、「これ、きれいだね」と言うかわりに、指をさして「きれいだね」と言えば、伝えたいことはちゃんと伝わる。

大きなテーブルを動かさなきゃいけないときは、「これ、いっしょに動かしてもらえる?」と言うかわりに、テーブルを指でさして、「いっしょに動かしてもらえる?」と言えば、伝えたいことはちゃんと伝わる。

ふふふ、ちょっとおもしろそうだ。今日は一日、「これ」って言わないですごしてみよう。できるかな?

 

そんなことを考えながら家に帰ると、リビングルームのコンピューターのスイッチが、入ったままになっていた。

「こ…」と言いかけて、あわててコンピューターを指でさして、ソファーにすわっているお父さんに聞いた。

「だれか使ってるの?」

「いいや、だれも使ってないと思うよ」とお父さんは言った。

 

ぼくはコンピューターまえにすわった。そしてキーボードを使って、じぶんの日記を書くところに、さっき思いついたゲームのことを書いた。

 

するととつぜん、コンピューターの画面が、真っ暗になった。

そして、真っ暗な画面の左上に、

「これ」

という白い文字が出てきた。

ふしぎだな。いくら最新のコンピューターでも、ぼくの日記まで読むだろうか。かりに読んだとしても、こんなことをするだろうか。

 

そうだ、「会話システム」を使ってコンピューターに聞いてみよう。

ぼくは「会話システム」のスイッチを入れて、

「どうしたんですか?」

と、コンピューターに向かって言った。すると、画面左上の「これ」という文字の下に、

「これ」

という返事が出てきた。

 

何が言いたいんだろう。「これ」って、いったいどういう意味だろう。

「どういう意味ですか?」

とぼくはコンピューターに聞いてみた。すると、さっきの「これ」という返事の下に、さらに、

「これ」

という返事が出てきた。

 

こまったな。ぼくが「これって言ったら負けゲーム」のことを書いたから、コンピューターが、知恵くらべでもしたがっているんだろうか。

 

 

《つづく》

ふねとお月さま

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わたしたちは、海のなかにすんでいます。

 

「ママ、どうしてふねは、いつもおもてのほうだけが見えて、うらのほうは見えないの?」

そう子どもがきくので、わたしはうえを見あげました。

1そうのふねが、日の光をさえぎりながら、わたしたちのうえのほうを、とおりすぎていくところでした。

 

「ふふ。あれは、ふねの『おもて』じゃなくて、ふねの『した』のほうというのよ。」

「へえ、そうなんだ。」

「そう。それから、見えないほうは、ふねの『うら』じゃなくて、ふねの『うえ』のほうというのよ。ふねの『うえ』には、人間がのっているのよ。」

 

「ふうん。じゃあ、どうしてふねは、いつも『した』のほうしか見えないの?人間がのってる『うえ』のほうは、一度も見えたことがないよ。」

「それは、ふねの『うえ』のほうよりも、『した』のほうが重たいからよ。重たい『した』のほうが、いつも海のなかにしずんでいて、こっちを向いているのよ。」

「へえ。ふねの『した』のほうよりも、『うえ』のほうが重たかったら、どうなるの?」

「『うえ』のほうが重たかったら、ふねがひっくりかえって、人間が海におちてしまうわ。」

「それはたいへんだ!そっか、ふねは『した』のほうが重たいから、『した』のほうが海のなかにしずんで、いつもこっちを向いてるんだね。だから、こっちからは、いつも『した』のほうしか見えないんだね。」

ふねはゆっくりと、わたしたちのうえをとおりすぎていきました。

 

それからしばらくたったある日の、まんげつの夜でした。

海の波はおだやかで、まんまるのお月さまが、海のなかからも、くっきりと見えました。

 

「ママ、どうしてお月さまは、いつもおもてのほうだけが見えて、うらのほうは見えないの?」

「それはママも、ふしぎに思ったことがあるわ。」

「うん、どうしていつも、同じほうのもようしか見えないのかな。うらのほうのもようは、一度も見えたことがないよ。」

 

わたしは、自分が子どものころに、おじいちゃんに同じことをきいたのを、思い出しました。

「ママのおじいちゃんがおしえてくれたんだけどね、お月さまは、こっちを向いているほうが、うらのほうよりも、少しだけ重たいんだって。」

「へえ。」

「重たいほうがどうしてもこっちを向くから、いつも重たいほうだけが見えて、うらのほうは見えないんだって。」

「へーえ。じゃあ、ふねと同じだね。海にうかんでるふねは、重たいほうが、いつもこっちを向いてる。空にうかんでるお月さまも、重たいほうが、いつもこっちを向いてる。」

「そうね。お月さまは、まるで空にうかんでいるふねのようね。」

 

子どもは、かんしんした顔でまんげつを見あげているうち、こういいました。

「あ、お月さまが空のふねだとすると、いつも見えてるのは、お月さまの『おもて』のほうというより、お月さまの『した』のほうといったほうがいいよね。」

「ふふ。それもそうね。」

「そして、いつも見えないのは、お月さまの『うら』のほうというより、お月さまの『うえ』のほうといったほうがいいよね。」

 

わたしは、自分が子どもだったころのぎもんを思い出して、わくわくしてきました。そして、こういいました。

「お月さまの『うえ』のほうには、だれがのっているのかしらね。」

「だれがのってるのか、こっちからは見えないね。ふねと同じだね。」

「みなとは、どこにあるのかしら。」

「みなとでたくさんのりすぎてしまうと、お月さまの『うえ』のほうが重たくなって、お月さまがひっくりかえってしまいそうだね。」

「そのときは、お月さまのちがうもようが見えるかしら。」

 

お月さまはゆっくりと、わたしたちのうえをとおりすぎていきました。

 

いろんなかげ

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お昼の太陽の光のかげ

 

 

 

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どしゃぶりの雨のかげ

 

 

 

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あらしの雨のかげ

 

 

 

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夕方の太陽の光のかげ

 

 

 

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カラスがなく音のかげ

 

 

 

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がいとうの光のかげ

 

 

 

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ただいまのかげ

 

「くべつ」はどこからやってきた?

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この世界には、「くべつ」というものがある。

ウサギはリスではない。

リスはウサギではない。

ウサギとリスのあいだには、「くべつ」がある。
 

水は空気ではない。

空気は水ではない。

水と空気のあいだには、「くべつ」がある。

 

「くべつ」はどこにだってある。

黒いペンは赤いペンではない。赤いペンは黒いペンではない。

ソの音はラの音ではない。ラの音はソの音ではない。

太陽は月ではない。月は太陽ではない。

1は2ではない。2は1ではない。

私はあなたではない。あなたは私ではない。

それもこれもぜんぶ、「くべつ」があるからだ。

 

この世界にいろんなものがあるのは、「くべつ」のおかげだ。

たとえば、そもそもウサギがいるのは、「くべつ」のおかげだ。

「くべつ」がなければ、ウサギとリスのくべつもない。

「くべつ」がなければ、ウサギとネズミのくべつもない。

だから、「くべつ」がなければ、ウサギなんていう動物は、いないことになってしまう。

 

花がさくのも、「くべつ」のおかげだ。

「くべつ」のおかげで、花は、葉っぱではなく、実でもなく、ましてやチョウチョでもなく、ちゃんと花として、さくことができる。

 

じつは、この世界に「くべつ」があるのも、「くべつ」のおかげだ。


「くべつ」は重力ではない。重力は「くべつ」ではない。

「くべつ」と重力のあいだに、「くべつ」があるからだ。


「くべつ」はキャベツではない。キャベツは「くべつ」ではない。

「くべつ」とキャベツのあいだに、「くべつ」があるからだ。


「くべつ」がなければ、「くべつ」と重力のくべつもない。

「くべつ」がなければ、「くべつ」とキャベツのくべつもない。

だから、「くべつ」がなければ、「くべつ」なんていうものも、ないことになってしまう。

 

「くべつ」があるのは、「くべつ」のおかげ。 

そして、この「くべつ」と「くべつ」のあいだに、もう「くべつ」はない。

 

鼻とみつばち

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ある日、1匹のみつばちが、私の鼻の穴にごそごそと入ってきた。

みつばちは、鼻のなかの空洞まで入ってきて、そこでしばらくじっと休んでいた。

 

こわい鳥も入ってこられないし、大きなクモも入ってこられないし、スズメバチも入ってこられない。

きっと、安心してひと休みするのに、うってつけの場所だったのだろう。

みつばちはそのうち、もぞもぞと鼻の穴から出ていき、どこかへ飛んでいった。

 

次の日、また同じみつばちがやってきた。

今度は、ほかに3匹のなかまをつれてきていた。

あわせて4匹のみつばちは、私の両方の鼻の穴から、順番にごそごそと入ってきた。

鼻のなかの空洞を歩きまわって、何やら話し合いでもしているようだった。

4匹は鼻の穴から出てくると、どこかへとんでいった。

 

その次の日には8匹のみつばち、そのまた次の日にはもっとたくさんのみつばち、というふうに、私の鼻の穴に入ってくるみつばちの数は、日ごとにふえていった。

 

そんなある日、どこからともなく、あまいにおいがしてきた。

夢をみるような、あまいにおい。

ところが、あたりを見わたしても、あまいものはどこにもない。

それでも、あまいにおいは、私の鼻のなかを満たしているようだった。

 

どうやら、みつばつたちは、私の鼻のなかに巣を作っているらしい。

それで、どこかから花のみつをはこんできては、私の鼻のなかの巣にためこんでいるようなのだ。

 

みつばちたちは、一体どこから花のみつをはこんでくるのだろう。

私は、鼻の穴から出たみつばちたちが、どこへ飛んでいくのか、よく見てみることにした。

すると、みつばちたちは、上のほうに飛んでいっては、上のほうから帰ってくる。

 

いよいよ春がおとずれて、私の頭にも、花々が咲きはじめたようだ。

  

世界の色を変えるには?:カヌーとフェリーのおはなし4

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大きな耳のカヌーと、大きな目のフェリーが、おはなしをしています。

 

カヌー「きのうさ、古くなった木のイスを、きれいにふいて、青のペンキでぬったんだ。そしたら、ぴかぴかの青いイスになったよ。」

フェリー「へえ、それはいいね。」

カヌー「それで、思ったんだけどさ、茶色い木のイスも、表面が青い色でおおわれるだけで、青いイスになってしまうんだね。」

フェリー「ふむふむ、それはそうだね。」

 

カヌー「そうだとすると、世界中のものを青いペンキでぬったら、世界中のものが青くなってしまうのかな。」

フェリー「世界中のものってことは、いろんな国のたてものや、ひつじやキリンのような生き物や、金や銀やダイヤモンドなんかも、なにもかも青くぬってしまうの?」

カヌー「そうそう。」

フェリー「白い雲はペンキでぬれないから、白いまんまかな。」

カヌー「あ、そうだね。」

フェリー「それでも、ペンキでぬれるものはぜんぶ青いペンキでぬったとすると、世界中のほとんどのものが、青くなってしまいそうだね。」

カヌー「赤いものや黄色いものや、ほかの色のものも、ほとんどぜんぶ青いものになってしまいそうだね。」

フェリー「たしかにそうだね。」

 

カヌー「そうするとやっぱり、ものの色って、表面の色を変えただけで、すっかり変わってしまうんだね。」

フェリー「ふむ、こういう場合はどうかな。森に行って、赤いくだものを取ってきて、それを青いペンキでぬったとするよね。」

カヌー「そうすると、赤いくだものが、青いくだものになる。」

フェリー「そう、そうなんだけどさ、『でも、このくだものは本当は赤い』とも、言えないかな。」

カヌー「うーん、どうだろう。『このくだものは以前は赤かった』とは言えるかもしれないけど、表面をぜんぶ青くぬってしまったあとには、『このくだものは本当は赤い』とは、言えないんじゃないかなあ。本当に青いくだものになってしまったんだから。」

 

フェリー「ふむふむ、でもさ、赤いくだものにぬった青いペンキが、はがれてきたとするよね。そんなときには、『このくだものは本当は赤い』と言いそうなものじゃない?」

カヌー「そっかあ、そう言いそうな気もするな。じゃあ、青いペンキがはがれたあとに、今度はくだものの皮がはがれてきて、赤い皮の内側に、黄色いなかみがあるってことがわかったとしたら、どうなるだろう。『このくだものは本当は黄色い』ってことになるのかな。」

フェリー「それはどうかなあ。赤いりんごの皮の下は白いけど、『りんごは本当は白い』とは、言わないよね。」

カヌー「それもそうだなあ。」

 

フェリー「たぶん、こういうことじゃないかな。ペンキはくだものの一部じゃないから、赤いくだものに、青いペンキをぬったとしても、ぬったペンキを無視して、『このくだものは本当は赤い』と言える。ペンキの内側にあるくだものは、あくまで赤いままだからね。でも、皮はくだものの一部だから、赤い皮を無視して、『このくだものは本当は黄色い』と言うわけにはいかない。言うとしたら、『このくだもののなかみは本当は黄色い』とかかな。」

カヌー「あたまいいねえ、フェリー。そっか。イスにペンキをぬると、ぬったペンキはイスの一部になってしまうんだね。だから、茶色いイスは、『本当に』青いイスに変わってしまうんだね。」

フェリー「そうだね。イスは、ペンキもひっくるめてイスだからね。それにくらべて、赤いくだものの場合は、青いペンキをぬっても、青いペンキはくだものの一部じゃない。だから、赤いくだものは『本当は』赤いまま。」

 

カヌー「そうだとすると、世界中のものを青いペンキでぬったとしても、ペンキがものの一部になってしまわないようなものについては、『本当に』青くなったとは言えない。そう考えることができるんだね。」

フェリー「『ものごとの表面だけを見ていては何もわからない』とはよく言うけれど、『表面がものの一部なのかどうか、よく考えてみなさい』ということかな。どうやら今日は、めでたく結論みたいなものが出たね。」

カヌー「うーん…」

フェリー「ちょっと、カヌー、なんなのさ。」

カヌー「きのうぬった青いペンキ、本当にイスの一部になったのかなあ。」

フェリー「え?」

カヌー「なんとなくさ、青いペンキで茶色いイスを包みこんだだけで、ペンキの内側にあるイスは、茶色いままのような気がしてきて…」

フェリー「ああ、そんなことを言ったら…」

カヌー「そうだとしたら、世界中のものを青いペンキでぬっても、世界を青のペンキで包みこんだだけで、何の色も変わってないことになるね…」