ビクトルが、ひとりでとなり町へ出かけたときのことです。
夕方がくるまえ、ビクトルは広場をよこぎって歩くところでした。
広場はとてもしずかで、人はほとんどいませんでした。
荷ぐるまでくだものを売る人。
ビクトルとは反対のほうから広場をよこぎる人。
それから、広場にめんした教会のまえに、ひとりのピエロがたっていました。
ビクトルは、ピエロのまえをとおりがかりました。
ピエロはたったまま、ぴくりともうごきません。
それどころか、ピエロはとおくを見たまま、ビクトルのほうをちらりとも見ません。
ビクトルは、ピエロのまえでたちどまりました。
それでもピエロは、とおくを見たまま、ぴくりともうごきません。
ピエロは、りょうてで大きな花びんでももつようにして、さかさまにしたシルクハットを、りょうてでもっています。
ビクトルは、おそるおそる、シルクハットのなかをのぞきこんでみました。
するとそこには、コインが何枚かはいっていました。
たぶん、コインをいれたら、ピエロはうごいてくれるんだろう。
ビクトルはそう思い、ポケットに手をいれました。
ところが、ポケットには、紙のおかねしかはいっていません。
そのままたちさるのがいやだったビクトルは、足もとにあった小石をひろって、ピエロのシルクハットのなかに入れました。
小石がコインにぶつかって、音をたてました。
するとピエロは、まるで自動人形のようにゆっくりとうごきはじめ、おじぎをしはじめました。
ピエロのあたまが、ゆっくりとシルクハットにちかづいたとき、ピエロは、ビクトルがいれたのがコインではなく、小石だったことに気づいてしまったようです。
ピエロのうごきは、おじぎのとちゅうで、とまってしまいました。
ピエロは、ぴくりともうごきません。
ビクトルは、どうしていいのかわからなくなり、はやあしで広場をさりました。
「ぼくのあたまのなかでは、いまでもあのピエロさんは、おじぎのとちゅうでとまったままなんだ。」
そう友だちのルイスにはなすと、ルイスはこういいました。
「よし、それじゃあ、いまからぼくといっしょに、となり町へいこう。」
「まさか、あのピエロさんのところへ?」
「もちろんさ。」
ビクトルは気がすすみませんでしたが、ルイスのいうことは、なぜだかいつもきいてしまうのです。
ルイスとビクトルの二人は、野道をあるき、オリーブ畑をこえ、となり町までやってきました。
町にはいれば、広場へはすぐについてしまいます。
ビクトルの心臓は、はげしくうっていました。
ルイスは、町のせまいろじを、先へ先へとすすんでいきます。
ビクトルは、ルイスのうしろをついていきました。
するとやがて、たてもののかげから、広場のけしきがひろがりました。
広場はしずかで、人はほとんどいませんでしたが、教会のまえには、シルクハットをもったピエロがいました。
ビクトルはおどろいて、おもわずたちどまりました。
「どうしたんだい?」
とルイスはききました。
「ピエロさん、あのときのおじぎのとちゅうで、とまったままだ。」
「まさか!」
ルイスがよくみると、たしかにピエロは、おじぎのとちゅうのかっこうで、ぴくりともうごかずにたっています。
ルイスとビクトルは、ピエロのそばまであるいていきました。
シルクハットをもったピエロは、ひざをまげて、あたまをさげたまま、ぴくりともうごきません。
ルイスは、ビクトルのほうをむいていいました。
「コインはもってないのかい?」
ビクトルはポケットに手を入れると、コインを一枚とりだしました。
ルイスはそれをみて、うなずきました。
ビクトルは、そのコインをそっと、ピエロのシルクハットにいれました。
するとピエロが自動人形のようにうごきだしたので、ルイスとビクトルはおもわずあとずさりをしました。
ピエロは、ゆっくりとあたまをあげ、おじぎをしおわりました。
それからピエロは、かたほうの手でシルクハットをもち、もうかたほうの手で、シルクハットのなかに何かをふりかけるようなしぐさをしました。
ピエロは、シルクハットをかたむけて、ルイスとビクトルに、シルクハットのなかをみせました。
なんと、ビクトルがいれた小石は、きらきらとひかる宝石にかわっていたのです。