ちいさな哲学のおはなし

清水将吾のブログ

クリスタルの言い伝え

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ある村に、キノコをうってくらしている男がいました。

男が、いつものように森でキノコをあつめていると、

落ち葉のうえに、なにか光るものを見つけました。

それはすきとおった石でした。

 

男はそれをひろって言いました。

「こんなにすきとおったガラスは見たことがない。

これはガラスではなく、クリスタルにちがいない。」

 

村には言い伝えがありました。

世の中には、ガラスよりもすきとおった

クリスタルという石があって、

願いごとをかなえてくれるという言い伝えです。

 

男はキノコのかごに、

そのすきとおった石をいれました。

 

ところが、男がひろったのは、

クリスタルではありませんでした。

それは、異国からきた商人の子どもが落としていった、

ガラスのおはじきでした。

 

男は村にかえると、

銀しょくにんの家へ行きました。

「おうい、銀しょくにんのおやかた。

森ですごいものをひろったぞ。」

「なんだい。めずらしいキノコでもみつけたのかい?」

「もっともっとすごいものだ。

ほら、これをひろったんだよ。

言い伝えにでてくるクリスタルだ。」

 

男はたくさんのお金をはらって、

たいせつな石をしまっておくための、

うつくしい銀のはこをつくってもらいました。

 

男のところに、

なやみごとのある人がたずねてくるようになりました。

「すまんが、クリスタルにお願いごとをさせてくれんかね。」

そんなとき、男はこころよく銀のはこをもってきて、

ふたをあけてやりました。

 

それから、たくさんの月日がながれました。

男はすっかり年老いて、しずかにくらしていました。

もうじき寿命がくることもわかっていましたが、

クリスタルのおかげで、村の人たちをよろこばせてきたと、

まんぞくしていました。

 

そんなとき、とおくの村からひとりの学者がたずねてきました。

「クリスタルがあるというのは、この家かね。」

「はい、そうですよ。」

「わたしに、クリスタルを見せてもらえないだろうか。」

 

男は銀のはこをもってきて、ふたをあけました。

学者は、すきとおった石を指でとりだし、

かた目をつぶり、ひらいたほうの目にちかづけて、

じっと石を見ていました。

 

「ざんねんだが、これはクリスタルではない。

これはガラスだよ。」

男は青ざめました。

言い伝えのクリスタルだと思っていた石は、

ただのガラスだったのです。

 

「なやみごとのある村の人たちにも、

ずっとうそをついてきたことになってしまうではないか。」

学者がいってしまったあとも、つぎの日も、

そのまたつぎの日も、男はなやみつづけました。

もういまさら、村の人たちにほんとうのことは言えません。

 

男は、永遠のねむりにつくまえの日、

はじめてじぶんの石に願いごとをしました。

「どうかこの石が、ほんもののクリスタルだったことにしてください。」

 

すると、

ガラスだったはずの石が、

クリスタルになったのです。

 

ガラスだったはずの石に願いごとをして、

どうして願いがかなえられたのでしょう?

 

それは、願いがかなえらたなら、

異国の商人の子どもが石をもっていたときからずっと、

石がクリスタルだったことになるからです。

男が願いごとをするときまでずっと、

石がクリスタルだったことになるようにして、

願いはかなえられたのです。