ちいさな哲学のおはなし

清水将吾のブログ

王様の宿題

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ある日のこと、王様が、いちばんえらい大臣をよんで、いいました。

 「ちかごろ、わが国にこっそりとかくれて入りこみ、悪事をはたらく者がふえているという話をきいた。それはほんとうか。」

いちばんえらい大臣は、王様にこうこたえました。

「ほんとうでございます、王様。」

 

王様は、大きないすにもたれたまま、困ったかおをしました。

大臣は、話をつづけました。

「東の海から入ってくる悪人のなかには、海賊もおります。」

「なんと、ずいぶんなあらくれ者まで、入りこんでいるのだな。」

「はい。それから、西の砂漠から入ってくる悪人のなかには、はるか遠くの国からやってくる者もおります。」

「そうか。なんとかならないものか。」

そう王様がきくと、大臣はこういいました。

「それが、このような悪人は、大きな悪事をはたらきはじめるまでは、ひっそりとくらしておりまして、なかなかつかまえることができないのでございます。」

王様は、ますます困ったかおになりました。

 

しばらくだまっていた王様は、いいました。

「あたらしい法律をつくってはどうだろうか。『この国にかくれて入りこんではならない。やぶった者には、きびしい罰をあたえる』という法律だ。」

するとこんどは、大臣がむずかしいかおになって、いいました。

「王様、そのような法律は、つくっても意味がないのでございます。」

「それはどうしてだ?」

 

大臣は、しばらくだまって何かを考えているようでしたが、口をひらいて、こんなふうにいいました。

「これからこの国にかくれて入ってこようとする者は、いまはこの国のそとにおります。」

「なるほど、たしかにそうだな。」

「ところがです、法律というものは、国のなかにいる者にとってしか、ききめがないのです。」

「それもたしかにそうだ。わが国の法律は、わが国のなかにいる人々であれば、誰もが守らなくてはならない。だか、わが国のそとにいる人々にまでは、そのききめはとどかない。」

「そのとおりでございます。これからこの国にかくれて入ってこようとする者たちに、『この国にかくれて入りこんではならない』という法律を守らせようとしても、その者たちは、いまは国のそとにおります。ですから、そのような法律をつくっても、それを守らなくてもよいことになってしまうのです。」

 

「ふうむ、そういうことか。たしかにそれでは、法律をつくっても意味がない。」

王様は、ざんねんそうにいいました。

すると、大臣がいいました。 

「法律でしたら、こういうものはいかがでしょうか。」

「ほう、どんな法律だ。」

「このような法律です。『この国にかくれて入りこんだ者は、この国にいてはならない。』この法律でしたら、悪人が国に入りこんだあと、きちんと守らなくてはいけないことになります。」

「ふむ、しかしだな…」

王様はそういうと、考えながらゆっくりと、このようにいいました。

「悪人は、一度かくれて入りこんできてしまうと、悪事をはたらくまでは、なかなかつかまえられないのだろう?そうだとすれば、かくれて入りこんでしまうまえに、『入ってきてはならぬ』と命令してやりたいのだが…」

「それはたしかに、おっしゃるとおりでございますね。」

 

王様はいよいよため息までついて、いいました。

「どうすればよいものやら。」

「すぐにでも大臣たちをあつめて、みなで知恵をしぼることにいたします。」

「そうしてくれるとありがたい。わたしは頭をつかってつかれたので、すこしやすむとしよう。」

 

大臣がさり、ひとりになった王様は、こんなことを思いました。

「やれやれ、『わが国にかくれて入ってきてはならない』と法律で命令しても、意味がないとはな。わたしはこの国の王だというのに、そんな力ももたないのか。」

やすもうとした王様は、そのことを考えはじめてしまい、やすむどころではなくなってしまいました。