《つづき》
「これ」という返事に対して、「どういう意味ですか?」と聞いたら、「これ」と答えられてしまった。
これまた、どういう意味だろう。
もう一度、「どういう意味ですか?」と聞いても、また「これ」という返事だろうか。
ん?待てよ。
「これ」について、「どういう意味ですか?」と聞いたら、「これ」っていう答えだったんだよな。
だとすると、「これ」の意味は「これ」、ということだろうか。
「これ」の意味は「これ」…
「これ」の意味は「これ」…
なるほど、そうか。
「これ」っていう言葉は、チョコレートや花びんのような、身のまわりにあるものをさすことができる。
でも、それだけじゃなくて、「これ」っていう言葉は、「これ」っていう言葉じしんをさすこともできるのかもしれない。
「これ」のことをさす「これ」、か…
ぼくは今日、「これ」って言わないことにしているから、絵にかくとすると、こんなかんじになるかな。
ぼくはそばにあった紙とえんぴつで、こんな絵をかいた。
この絵では、向こうがわで「これ」とさしている指を、手前がわの指が「これ」とさしている。
「『これ』をさす『これ』」が、指だけを使って、できあがり。
こうすれば、「これ」という言葉を口に出さなくても、「『これ』をさす『これ』」ができるわけだ。
…あれ、でも、おかしいな。
向こうがわの人さし指は、何もさしていないぞ。
何もさしていない人さし指があって、その指をもうひとつの人さし指がさしている。
でも、コンピューターの画面にある「これ」という言葉は、はじめからちゃんと「これ」という言葉じしんをさしていた。
さっき、画面がとつぜん真っ暗になって、「これ」という言葉が一つだけが出てきた。
それだけで、「何もさしていない『これ』」なんかがなくても、「これ」という言葉は、その言葉じしんのことをさしていた。
うーん、そうするとこの絵では、コンピューターが言っている「これ」を、じゅうぶんあらわせていないということか。
もしそうだとすると、人さし指だけでは、「これ」という言葉のかわりはできないということだろうか。
やっぱりこれは、コンピューターからぼくへの挑戦のようだ。
《つづく》