ある日、ぼくはいつものように、スーパーマーケットで買い物をしていた。
おかし売り場へ行くと、小さな男の子がお母さんに、
「これほしい」
と言っていた。
お母さんは、「これってどれ?」と言った。
男の子は何も言わずに、赤い箱のチョコレートを、人さし指でさした。
これを見て、ぼくは思った。
「ふむふむ。あたりまえのようだけど、人さし指でさすと、『これ』っていう意味になるんだな。そうだ、もしそうだとしたら、『これって言ったら負けゲーム』っていうのができるな。」
ぼくが考えた「これって言ったら負けゲーム」のルールは、とてもかんたんだ。
このゲームをやっているあいだは、「これ」と言ってはいけない。ついうっかり言ってしまったら、その人の負けだ。でも、こまることはない。人さし指を使えばいいからだ。
博物館で花びんのまえに立って、「これ、きれいだね」と言うかわりに、指をさして「きれいだね」と言えば、伝えたいことはちゃんと伝わる。
大きなテーブルを動かさなきゃいけないときは、「これ、いっしょに動かしてもらえる?」と言うかわりに、テーブルを指でさして、「いっしょに動かしてもらえる?」と言えば、伝えたいことはちゃんと伝わる。
ふふふ、ちょっとおもしろそうだ。今日は一日、「これ」って言わないですごしてみよう。できるかな?
そんなことを考えながら家に帰ると、リビングルームのコンピューターのスイッチが、入ったままになっていた。
「こ…」と言いかけて、あわててコンピューターを指でさして、ソファーにすわっているお父さんに聞いた。
「だれか使ってるの?」
「いいや、だれも使ってないと思うよ」とお父さんは言った。
ぼくはコンピューターまえにすわった。そしてキーボードを使って、じぶんの日記を書くところに、さっき思いついたゲームのことを書いた。
するととつぜん、コンピューターの画面が、真っ暗になった。
そして、真っ暗な画面の左上に、
「これ」
という白い文字が出てきた。
ふしぎだな。いくら最新のコンピューターでも、ぼくの日記まで読むだろうか。かりに読んだとしても、こんなことをするだろうか。
そうだ、「会話システム」を使ってコンピューターに聞いてみよう。
ぼくは「会話システム」のスイッチを入れて、
「どうしたんですか?」
と、コンピューターに向かって言った。すると、画面左上の「これ」という文字の下に、
「これ」
という返事が出てきた。
何が言いたいんだろう。「これ」って、いったいどういう意味だろう。
「どういう意味ですか?」
とぼくはコンピューターに聞いてみた。すると、さっきの「これ」という返事の下に、さらに、
「これ」
という返事が出てきた。
こまったな。ぼくが「これって言ったら負けゲーム」のことを書いたから、コンピューターが、知恵くらべでもしたがっているんだろうか。
《つづく》