ちいさな哲学のおはなし

清水将吾のブログ

ある石の部屋の話

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またここだ。

ごつごつした石の床と壁、家具などはなく、いかにも頑丈そうな木のとびらが、一つだけある。

まるで中世のろうやの中だ。

 

とびらを開けることはできない。

鍵がかかっているのだ。

とびらをいくらたたいても、にぶい音がひびくだけである。

 

とびらのすぐそばに、壁から少しつき出た石がある。

その石のうえには、大きな鍵が置いてある。

とびらの鍵穴と見くらべると、どうやらこの鍵が、とびらの鍵のようだ。

 

いつものように、鍵を手にとろうと、手をのばす。

そっと鍵にふれる。

 

ジリリリリリリリ!

 

けたたましいベルの音。

ふとんの中から手を出し、枕もとの目覚まし時計を止める。

 

私は生まれてこのかた、この夢しか見たことがない。

夢の中でずっと、あの石の部屋に閉じこめられているのだ。

それにしても眠い。もう少しだけ眠ろう。

 

また石のろうやだ。

すぐそこにある鍵でとびらを開けたいが、鍵にふれると、目がさめてしまうのだ。

鍵にふれて、目ざまし時計におこされることもあれば、電話がなっておこされることもあるし、とつぜん頭が痛くなって目がさめることもある。

目がさめてしまえば、当然、とびらを開けることはできなくなってしまう。

かといって、鍵にふれなければ、とびらを開けることはできない。

なんという無理難題だろう。

 

しかし、もうたくさんだ。

今日こそどうにかして、この石のろうやから脱出してやろう。

 

おそるおそる、鍵に手をのばす。

そして思い切って、すばやく鍵をつかみ、持ちあげる。

すると鍵をつかんだほうの手に、ビリビリと電気が流れるような痛みが走る。

この痛みのせいで、また目がさめてしまうのだろうか。

 

いや、夢を見ているときの痛みなど、もういいかげんに慣れっこだ。

このまま目をさまさないようにしながら、鍵をとびらの鍵穴に入れて、ぐるっと回せばいい。

そうすれば、とびらを開けてここから出られる。

 

そうして鍵をにぎってとびらの前にいると、なんと、とびらの向こうから、足音が聞こえてくるではないか。

そんなことは、はじめてのことだ。

足音はしだいに大きくなり、ぴたりとやむと、とびらの向こうがわから、鍵をさしこむ音がする。

ごろごろと鍵がとびらの中で回る音がしたあと、ゆっくりと、分厚いとびらが、ひらかれていく。

 

思わずあとずさりし、とびらからはなれたが、前をよく見ると、そこには私にそっくりな男が立っている!

目があったと思うと、男は眉をひそめて少し首をかしげ、部屋の中へと入ってくる。

そして、部屋の中に入った男は、とびらを閉めると、うしろを向いて鍵をかけ、持っている鍵を、壁からつき出た石のうえに置いた。

私がにぎっている鍵と、まったく同じ鍵だ。

 

すると、私にそっくりの男は、手の痛みにたえながら立っている私をながめ、こう言った。

「早く夢からさめて、にぎっているその鍵といっしょに、消えてしまってくれないかな。きみの番はもうおしまいだろう?次の夜の夢では、私がここにいる番なんだよ。」